記憶の扉

父が残した昭和の記憶

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白川郷 獅子舞 1956年10月

高山市内で子供時代を過ごした私にとって獅子舞は、正月や祭などに必ず目にする伝統芸能でした。
小さな時は、家々を廻って来る獅子舞を怖い物見たさで、物陰から見ていた記憶が残っています。
大陸から伝わったとされる獅子舞は、日本全土に広がり地方地方で特徴が違いますが、白川郷の獅子舞は伎楽系と云われる系統で、舞い手は四人で演じられます。
ちなみに白川郷に近い富山県や石川県では、現在でも全国的にも獅子舞が多く残されているそうです。

白川郷 祭5
獅子舞を待つ家族
踊りには五穀豊穣、破邪・厄払いなどの意味が籠めらていますので、家々を廻る獅子舞を家族総出で待っています。

白川郷 祭1


白川郷 獅子舞
獅子舞を見る子供達の反応が面白いですね。




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  1. 2010/05/01(土) 07:34:22|
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白川郷 祭の村人 1956年10月

写真が撮られた昭和30年頃、、白川村は人口は6千人以上、世帯数も千戸を数えていました。
世界遺産登録後(1995年)人口2千人を切った白川村に年間140万人を越える観光客が訪れ、村の産業構造も大きく変わり、
以前の農村生活は見られなくなりました。

白川郷 祭2
長閑な雰囲気が感じられる村人の方々の様子

御神幸行列を待つ人達
御神幸行列を待つ人達
現在に比べ子供達の姿も多く活気があったのではないかと思います。

白川郷7
村の消防団


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  1. 2010/05/03(月) 07:13:00|
  2. 1956年
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白川郷 祭の情景 1956年10月

当時の子供達にとって、一年に一度の祭は、何よりも待ち遠しい行事でした。
特に山里の白川村などでは、娯楽もなかったでしょうから、待ちに待った楽しい一時だったと想像します。
今でも、昔の面影が残る祭になどに出会うと、子供の頃のあの高揚感が蘇ります。

どぶろく祭8
お面を被ってヒーロー気取りの少年
写真のお面は、テレビがまだ普及してない当時の少年雑誌やラジオドラマのヒーローでしょうか。
紙火薬鉄砲も懐かしい。

白川郷 露店
露店玩具
おばさんの持っている紙飛行機が懐かしい。

どぶろく祭6
ヨーヨー風船
子守りしながら興味深げに見ている少女が時代を感じさせます。

どぶろく祭5
巡回写真屋
村には写真館などありませんから、祭の時などに巡回してくる写真屋さんは貴重でした。

白川郷 飴売り
水飴屋さん
夜の祭にそなえて一眠り。


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  1. 2010/05/05(水) 07:48:02|
  2. 1956年
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白川郷 どぶろく祭 1956年10月

豊穣祈願 山々の神霊に感謝と祈りを捧げる祭礼は 約1300年前に始まったと伝えられています。
現在のどぶろくは米を原料に作られていますが、かつては粟・稗の雑穀類で作られていました。
明治時代以降は酒造税の為、農家などで自家生産・自家消費されていたどぶろく作りは禁止されましたが、祭礼行事での製造と飲用は、許可を受ければ許されているそうです。

獅子舞奉納
獅子舞奉納 白川八幡宮社境内
夕刻になると御神幸行列と共に、集落を練り歩いてきた獅子舞は境内にて奉納を済ませ、いよいよどぶろく振舞が始まります。

どぶろく祭7
どぶろく振舞を待つお年寄り


どぶろく祭1
どぶろく振舞
小学生らしきの子供もご相伴に 今では考えられないですが当時はおおらかでしたね。
現在は神社指定の赤い盃に注ぎますが、当時は懐かしいアルマイトのカップに注いでいました。

どぶろく祭3
どぶろく振舞 
「きったて」と呼ばれる容器で、どぶろくを注いでいで回る所は現在と同じです。
現在は割烹着姿の女性が注いでいで回るそうです。

どぶろく祭4
口当たりが良いので飲み過ぎたのでしょうか、眠くなったようです。



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  1. 2010/05/07(金) 07:32:05|
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市制20周年式典1 1956年11月

昭和31年、高山市制20周年の式典記念行事が盛大に行われた様子が記録されていました。
当時高山市の人口は現在の約半数五万人弱、その多くの市民が参加し、町内会に分かれ、それぞれ趣向を凝らした時代衣装を身にまとって、
市内を練り歩いた様子が記録されています。
私自身、幼くて記憶にはないのですがその後、高山に住んでいて、祭以外で高山市が、この様に多くの人々で賑う行事は見た記憶がありません。
当時の人々や町の様子が窺えて面白いので数回に分けてご紹介します。


市制20周年式典16
現 市政記念館前(旧高山町役場) 高山市神明町


市制20周年式典2
下一之町内会の皆さんの記念撮影  暎芳寺 高山市下一之町
この町内会は衣装も本格的です。


市制20周年式典4
高山市商店街の本町通り


市制20周年式典5
鍛冶橋にて



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  1. 2010/05/09(日) 07:38:13|
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市制20周年式典2 1956年11月

高山市は祭の伝統文化が残る町で、この様な行事にも伝統的共同体でもある自治組織「組」がしっかりと機能している様子が窺えます。
市民参加の手作り感溢れる、何とも不思議な時代行列ですが、当時の地域コミュニティの勢いを感じさせます。


市制20周年式典17
安川通り
現在と違い、見通しの良い通りに人が溢れています。

市制20周年式典10
高山市上一之町

市制20周年式典7
本町三丁目の皆さん 安川通り

市制20周年式典8
このキューピーの様な、ゆるいキャラクターは何でしょうか、年末が近いからでしょうかサンタクロースまで参加しています。

市制20周年式典6
本町三丁目の皆さんの記念撮影
見覚えのある背景ですが正確な場所が思い出せません。

市制20周年式典11
市民大運動会場
町内対抗運動会も行われたました、市内の人達が一斉に集まったと思うぐらいの盛況です。



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  1. 2010/05/11(火) 07:38:28|
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市制20周年式典3 1956年11月

父の写真館があった本町三丁目の皆さんの記念写真です。
私が住んでいました写真館は、本町表通りから一本入った裏通りにあり、当時の記憶を辿ると、映画館、床屋、駄菓子屋、豆腐屋、町医者、桶屋、看板書き屋、貸本屋、そろばん塾、質屋、古い町屋などが並ぶ、それなりに生活感のある裏通りでした。
半世紀を過ぎて現在は飲食店などが並ぶ通りに様変わりして、懐かしい裏通りは記憶に残る想い出でだけになってしまいました。
記念写真には10歳違いの次男の兄も参加して写っていますので、ここに写っている笑顔の子供達も、現在は60歳半位になっていらしゃるわけで、その後の人生をそれぞれどの様に過ごされたかと思うと感慨深いものがあります。


市制20周年式典14
本町三丁目の子供達 (高山市八軒町)

市制20周年式典13


市制20周年式典12



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  1. 2010/05/13(木) 07:37:26|
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心象風景 1955年5月

風雪に耐え歪んでしまった家の佇まいから、住む人の暮らしまで読み取れそうで不思議に惹かれる写真です。
子供の頃、家の近くの路地を入ると、この様な佇まいの家が何軒か残る一画があり、そのどこか秘密めいた心地よい空間が好きでよく遊んでいた記憶があります。


空町
江名子川沿いの民家


(このブログは当時の年度順にご紹介していましたが、フィルム整理中に1956年度の箱に紛れ込んでいました前年度のフィルムがありましたので、前回と年度は変わりますが、何点かご紹介させて頂きます。)


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  1. 2010/05/15(土) 07:38:51|
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空町の子供1 1955年5月

今と同じ季節、55年前の5月、父が度々訪れて撮影をしていた空町で、元気に遊ぶ子供達が記録されていました。
私もこの子供達のように、近所の友達と日が暮れるまで遊んでいましたので、当時にタイムスリップをしてしまった錯覚を覚えます。
当時は何処からともなく近所の子供達が集まって、その日の成り行きで自然と遊びが始まり、日が暮れて、家々で夕餉の支度をする物音が聞こえるまで遊んでいた記憶があります。
一般にテレビが普及し始めて、夕方の子供番組を見に帰る子供達が増えてくるまで、そんな毎日の繰り返しでした。

空町の子供55年5月3
空町 江名子川沿い
祭の真似事でもしているのでしょうか。

空町の子供55年5月2
軒下の狭い空間でそれぞれ好きな事をしてる様子が面白いですね。

空町の子供55年5月5
画面右側の男の子と女の子の様子が面白い。




(このブログは当時の年度順にご紹介していましたが、フィルム整理中に1956年度の箱に紛れ込んでいた
前年度のフィルムがあり写真が良かったので、前回と年度は変わりますがご紹介させて頂きます。)


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  1. 2010/05/17(月) 07:25:57|
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空町の子供2 1955年5月

現在では改装や新築などで趣が変わってしまった空町ですが、当時は隣の暮らしが窺える表長屋造りの住居が残っていました。
向う三軒両隣、信頼関係で結ばれた近所づきあいで、子供達も気兼ねなく他所の家に上がり込んで遊んだり、食事をしていた事を見た記憶があります。
そう言えば、親が歌っていたのを覚えたのか、のんきに「とんとん とんからりと 隣組」の歌を口ずさんでいた事を思い出しました。
戦時下の国民統制の為に作られた啓発の歌と知ったのは、随分後のことです。

空町の子供55年5月4
通りに面して家の暮らしが窺える民家

空町の子供55年5月6
写真を撮られているのに気付いて、子供達が出てきました。

空町の子供55年5月1
足に怪我をした妹を運ぶ兄
遠くに懐かしいオート三輪トラックが写っています。

空町の子供55年5月7
用水路で足を洗う少女


隣組
作詞:岡本一平
作曲:飯田信夫

とんとん とんからりと 隣組 格子(こうし)を開ければ 顔なじみ
廻して頂戴(ちょうだい) 回覧板 知らせられたり 知らせたり

とんとん とんからりと 隣組 あれこれ面倒 味噌醤油
御飯の炊き方 垣根越し 教えられたり 教えたり

とんとん とんからりと 隣組 地震やかみなり 火事どろぼう
互いに役立つ 用心棒 助けられたり 助けたり

とんとん とんからりと 隣組 何軒あろうと 一所帯(ひとしょたい)
こころは一つの 屋根の月 纏(まと)められたり 纏めたり


(このブログは当時の年度順にご紹介していましたが、フィルム整理中に1956年度の箱に紛れ込んでいました前年度のフィルムがありましたので、前回と年度は変わりますが、何点かご紹介させて頂きます。)




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  1. 2010/05/19(水) 07:35:13|
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裏通り 1956年12月

この冬曇りの寂しげな裏通りの写真は、私が住んでいた写真館前の道なのですが、私の記憶の中でイメージされていた情景と余りにも違う趣で、記憶とは曖昧なものだと気付かされた一枚です。
心象では、もう少し道幅や空も広く開放的な雰囲気で記憶に残っていました。


裏通り
高山市本町三丁目



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  1. 2010/05/21(金) 07:37:19|
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冬至の朝市1956年12月

昼の時間が一年で一番短い時期 小雪降る朝市の光景です。
当時は今のように、一年中様々な新鮮野菜などの食品が手に入る時代ではありませんでした。
長い冬を迎える高山の朝市では、野菜の種類も限られ、冬野菜の白菜、大根、蕪、葱などはありましたが、秋に収穫して保存の利く豆類や芋類、加工された漬け物などが中心で売られていたのではないかと思います。


冬の朝市4
褞袍(どてら)姿の親と子
子供が着ている絞り染めのちゃんちゃんこの柄がなかなか良いのでは・・・

冬の朝市1
冬至の日にかぼちゃを食べると、風邪や中風にかからないとわれてました。
秋に収穫し保存していた黒皮かぼちゃが並んでいます。最近は品種改良などで、この姿のかぼちゃは見かけなくなりました。

冬の朝市2
ゴム長靴よりも暖かくて軽い藁で作られた深靴を履いたおばあさん

冬の朝市3
長い冬に備えて保存食でもある芋類や豆類を扱う露店


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  1. 2010/05/23(日) 07:56:01|
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馬 1956年12月

農耕馬を引いて町中を歩いている伯父さん、こんな光景も懐かしい風景になりました。
現在でも高山の家々には、玄関などに縁起物として和紙に描かれた絵馬を貼る伝統的風習が残っています。
元々は馬を奉納する代わりに生まれた絵馬は、その意味合いを変え、無病息災、商売繁盛、子孫繁栄などの福をもたらす縁起物として人々に親しまれ、毎年夏に、松倉観音堂、山桜神社の2カ所で、開かれる絵馬市はたいへんな賑わいを見せる風物詩の一つになっています。


冬の朝市5
馬を連れて買い物


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  1. 2010/05/26(水) 07:43:51|
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クリスマス 1956年12月

クリスマスが、一般的に日本の年中行事になったのは、昭和初期の頃だそうです。
私も子供の頃には、意味も分からずクリスマスは何かプレゼントが貰える特別な日で、年末になるとワクワクしながらその日が来るのを待っていた記憶がありまが、物心が付いた少年の頃になると、世間の人達がクリスチャンでもないのに何故この日を祝うのか不思議でした。
今思うとその疑問は、私が日本社会の曖昧さを知る始めだったかもしれません。
祭行事の神道、葬儀や婚礼は仏教、死生観では儒教、地鎮祭などの民間信仰、結婚式やクリスマスではキリスト教など、私も無意識に取り込んで生活していますが、日本はまさに八百万の神さまがいらしゃって大変賑わいを見せています。
実際は疑問ですが、統計調査で日本の宗教信者数は、人口の二倍いるそうで、なんでも取り入れてしまう日本人一般の宗教観は、日本固有の面白さかもしれません。

当時の年月を遡りながらご紹介していますので、時季外れの内容になってしまいました。

クリスマス
姉と兄と私
姉と長男の兄に囲まれクリスマスケーキを前に嬉しそうにしていますが、残念ながら私自身はこの時の記憶はありません。



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1956年度(昭和31年)の出来事をまとめたニュースがありましたので、ご覧になりたい方は続きの項目にお進み下さい。 続きを読む

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  1. 2010/05/29(土) 02:02:57|
  2. 1956年
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tonto

Author:tonto
父が残した昭和の記憶(写真)を残したくてblogを始めました。
マルセル・プルースト「失われた時を求めて」の中でマドレーヌ菓子から過去の記憶が一気に思い出されるように、1枚の写真から過去の記憶を辿る事ができます。
それは現在を一時忘れることが出来る暖かな一時でもあります。

始めに

本blogには、当時の多くの人々が 登場しますが、時代的背景の記録を 残す事の意義をご理解の上、 お許し願います。

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