記憶の扉

父が残した昭和の記憶

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遠い雲 1955年6月

この当時 木下恵介監督が高山市で映画「遠い雲」のロケーションをしました。
その時のスナップ写真です、撮影の待ち時間でしょうか、高山会館の前で高峰秀子さん、佐田啓二さんら出演者が談笑しています。

遠い雲

当時高山市には高山会館、昭楽座、京極映画劇場、喜多座劇場 4軒の映画館がありました。
家の近くに2軒映画館がありましたが、家の前が高山会館で、会館の横手に塀に囲まれた空き地があり、よく忍び込んで遊んだ記憶がよみがえります。
雨に濡れて色落ちした手書き看板、切り出しのゴジラの看板、雑草のむせる匂い、1年に一回巡業に来るサーカス団の資材小屋、捨てられた大衆娯楽雑誌など、子供には秘密の遊び場でした。 
映画シネマパラダイスでのトトの様に、高山会館では観客席の最前列で寝ていたり、映写室の小さな窓から映画を見ていた記憶が残っています。 
この経験は、私のその後人生で少なくとも大きな影響を与えたことは確実です。


入場券売り場の前でたたずむ、戦後松竹映画のトップスター佐田啓二さん。
佐田啓二さん

日本映画史で、この当時数々の監督とともに名作邦画に立て続けに出演され 生涯300本以上の作品に出演した大女優、高峰秀子さん。 同年の成瀬巳喜男作品「浮き雲」はキネマ旬報社日本映画ベスト100で2位に輝いています。
背景の暗闇で見学している町の人たち。当時の大スターを見てみたくて町は大騒ぎだったでしょう。

撮影中の高峰秀子さん
高峰秀子さん


日本映画の数々の名作を生んだ木下恵介監督。テレビ界に進出された後に製作されたテレビドラマ「木下恵介劇場」「木下恵介アワー」を、我が家ではかかさず見ていた記憶があります。
ムービーカメラ(ミッチェルNC型)を覗いているのは撮影監督の楠田浩之さんでしょうか。

木下恵介監督
木下恵介監督


佐田啓二さんと打ち合わせ中の木下恵介監督
佐田啓二さんと木下恵介監督


ロケーションを見学している町の人々。まだまだテレビも普及してない当時、娯楽の一番は映画でした。 熱気が伝わってきます。
ロケーション見学


スクリーンでしか見られない俳優さんを生で見られるのですから、当時はお祭り騒ぎだったと想像します。
スタッフに運ばれる子供


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テーマ:銀塩写真 - ジャンル:写真

  1. 2009/12/08(火) 15:22:41|
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父が残した昭和の記憶(写真)を残したくてblogを始めました。
マルセル・プルースト「失われた時を求めて」の中でマドレーヌ菓子から過去の記憶が一気に思い出されるように、1枚の写真から過去の記憶を辿る事ができます。
それは現在を一時忘れることが出来る暖かな一時でもあります。

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